その主は一体何者なのか。それを突き止めるために、取るべきアプローチ方法は大きく言って二つ。
第1のアプローチは、犯罪捜査のプロファイラーがするように、鳥のプロファイルを分析し、容疑者を絞り込むこと。第2のアプローチは、科捜研が犯人の声を容疑者と照合するように、録音した音声とすでにある鳥の音声を比較し、類似した音声を絞り込むことだ。
では第1のアプローチで絞り込みを行おう。
プロファイリングで容疑者を絞り込む
鳥類は全世界に約8600種いると言われている。そのうち、日本鳥学会『日本鳥類目録改訂第7版』(2012)に収録されている鳥の種類は633種。ただし、この633種という調査結果はあくまで2012年時点で判明している事実であり、たったこの今、それら以外の種が見つかる可能性を排除するものではない。実際、遠くアフリカの湖沼に棲息しているクロツラヘラサギが日本で発見された例もある。こういう珍客を迷鳥という。なにせ翼がある動物。その移動能力は人間の想像力をはるかに超えているのだ。また、輸入飼育されていた東南アジア原産のガビチョウが自然繁殖し、棲息域を広げつつあるという実例もある。
だからまずは順当に、現在わかっている633種の中から絞り込みを行い、鳴き声との照合を行う。該当者が見つからない場合は、ひょっとして他所からきた鳥かもしれない、と考えて捜索範囲を広げるという手続きで進めよう。
さて、プロファイリングである。今回の声の主の場合、姿を確認できていない。手がかりとなるのは発見した時期と場所と行動だ。要するに、いつ、どこで、何をどうしたかを問うことで、だれかを推理する。
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- いつ、どの地域で見つけたか。渡り鳥は1年の中で見られる時期が限定されるし、留鳥でも季節によって山地と低地の間を移動する場合がある。北海道、本州中部、九州などといった大括りの地域によって、種をある程度絞り込める。例えばタンチョウは昔は本州にもいたが、今では北海道の釧路湿原に残るだけだ。ただし、棲息分布域は変わるものだし、たまたま1羽だけ本来の棲息域から外れたところにいる場合もありうる。[時と地域:春から秋にかけて、関東・東京]
北海道および琉球諸島にのみ分布する留鳥(ウミスズメ、ヤンバルクイナなど)と冬鳥(大部分のガンカモ、ツルの仲間、ツグミ、マヒワ、ベニヒワ、アトリ、カシラダカ、ツリスガラ、タヒバリ、ヒレンジャク、キレンジャク、ユリカモメなど)を捜索対象から除く - 鳥の立場で棲息域の環境を分類し、そのどれに当てはまるかを検討する。海上、海岸(砂浜、干潟、岩礁、港湾を区別する)、人口密集地、草原、湿地、河川(下流域、中流域、上流域を区別する)、湖沼、農耕地帯、森林(杉檜人工林、広葉樹・針葉樹の混合森、まばらな雑木林、ブナの森、カシ・シイの森、マングローブ林など)、森林限界を超えた高山。動物には種によって各々の生き方がある。カモ類であれば水辺から遠く離れているところで見つかる可能性は低い。しかし、思い込みは禁物。例えばイソヒヨドリは海辺をホームグラウンドにしているが、最近の調査では海岸から10キロメートル内陸でも見つかることがわかっている。[環境プロファイル:
– 人口密集地
– 数百メートルの距離に川幅約20mの水量の少ない河川あり
– 近辺は住宅が多く、庭木あり]
都市環境に適応している種と推測される。近年、都市環境に順応して生活圏を拡大する増えつつあるので、都市でまだ未発見の鳥である可能性も排除されない。河川に依存する鳥である可能性もある。水鳥のアビの仲間、ウ、サギの仲間、ツル・クイナの仲間、シギ・チドリの仲間、カモメの仲間ではない。渓流を住処とするカワガラス、海岸に棲むウミツバメ、ワシタカ目は除外できる。河原・河川敷にいるヒバリ、オオヨシキリ、コヨシキリ、オオセッカ、コセッカではない。草原にいるシマセンニュウも除外。 - よりミクロな視点で発見状況を検討する。人口密集地であれば、樹上にいたのか、電線にとまっていたのか、低空を滑空していたのか、上空を飛んでいたのか、草地に降りていたのか、河川敷にいたのか、公園の池にいたのか、などの発見状況は絞り込みの手がかりになる。時刻も手がかりだ。
例えばハクセキレイは都会であるか否かに関わらず、河川とその近辺で見つかる。発見場所が公園であったり神社の境内であっても、必ずそう遠くないところに川が流れているはずだ。彼らの主な食料は川にいる昆虫その他の小動物だ。
また、ハクセキレイが見つけられる場所といえば、地面、川の石の上、電線などで、森の奥には行かない。ひらけた場所が彼らの好みらしい。[発見状況プロファイル:
朝から夕方にかけ、神社境内の木の枝にとまっている。樹種は椎、欅。]
ツバメの仲間は樹林の中にはいないので除外。地上にいることの多いキジの仲間も除外。 - 行動に着目する。その時何をしていたのか。群れで行動していたのか、それとも単独でいたのかは大きな手がかりだ。例えばメジロやヒヨドリならいつも単独か3羽程度で行動しているだろう。ワシタカ類も単独かペアで行動することが多いが、渡りをするサシバでは渡りの時期になると大集団を形成する。ツバメは営巣中は分散して行動するが、その時期を過ぎると夜間に大集団を作って眠る習性がある。
営巣地の密度にも種によって違いがある。イワツバメは海岸の断崖に密集して巣を作る。一方、ツバメは巣を密集して作ることはないいが、条件が良ければ同じ家の軒にいくつも巣ができる。カワウは海に出て魚を食べる鳥だが、海から何キロも離れたところの樹上に集団で巣を作る。[行動プロファイル:
– 10〜30分さえずる
– さえずりは単調ではない
– 樹冠には姿を見せず、常に葉の陰に隠れている
– 単独行動]
姿が隠れて見えないことから、スズメ大かそれより小さい可能性が高い。ただしアカゲラ、アオゲラのようなキツツキやアオバズク、ヨタカも木の陰に隠れて発見しづらい。大木の張り出した枝々の作る空間を好む様子からして、木にいる昆虫を主食にしている可能性あり。 - 体の大きさと体形の特徴。詳しい姿が確認できなくても、ちらりと見た一瞬の記憶は良い手がかりになる。[体の大きさと体形 :不明]
- いつ、どの地域で見つけたか。渡り鳥は1年の中で見られる時期が限定されるし、留鳥でも季節によって山地と低地の間を移動する場合がある。北海道、本州中部、九州などといった大括りの地域によって、種をある程度絞り込める。例えばタンチョウは昔は本州にもいたが、今では北海道の釧路湿原に残るだけだ。ただし、棲息分布域は変わるものだし、たまたま1羽だけ本来の棲息域から外れたところにいる場合もありうる。[時と地域:春から秋にかけて、関東・東京]
以上のプロファイリングから浮かび上がった容疑者リストがこちら。
1. シジュウカラ
2. コガラ
3. エナガ
4. ゴジュウカラ
5. メジロ
6. センダイムシクイ
7. メボソムシクイ
8. イイジマムシクイ
9. キビタキ
10. ホトトギス
11. カワラヒワ
12. ヤイロチョウ
13. ガビチョウ
これら容疑者の音声と件の音声を比較検討することにしよう。
(第4回につづくよ)