朝食をとっていると,ニュースがきのうの新型コロナ感染状況と東京の街のようすを伝えていた。

「きのうもすごい人出だったよ。あれじゃ減らないわ」と,仕事で外出した妻。

緊急事態宣言の終了まで残り1週間。首都圏の感染者は下げ止まり,再び増加の兆しを見せている。

「診察の時に先生が言ってたよ。だいじょうぶ,検査数が増えれば感染者が増えるのは当たり前だからって。」

え?

耳を疑った。先生とは妻の主治医のことだ。PCR検査の数が増えれば感染者が多く報告される,というのは一見ありそうに思ってしまう話しだが,両者に因果関係があるという報告は聞いたことがない。見かけの感染者数がPCR検査数に左右され,感染の本当の姿が見えないのだとしたら大問題のはずだ。

感染力の高い変異型の割合が増えているいま,COVID-19=新型コロナ感染症を抑え込むには,政府が方針を発表した変異型の監視体制強化だけでなく,PCR検査を抜本的に増やすことが必要じゃないかと思う。それにはいろいろな形でわだかまるPCR検査否定論を一掃しなければならない。そこで,PCR検査と感染者数の関係について検討することにした。

PCR検査数と陽性者数の関連性をどう見るか

厚労省が集計発表している日々の検査数と陽性者数は,各都道府県の発表値を積み上げたものだ。しかし,検査した日と判定結果が出る日との間にずれがある上,一部再検査も含まれること,土日に検査数が落ち込むなど曜日による変動があることなど,集計につきまとう問題があって,両者を単純に比較することは妥当でない。そこで,そうした影響を小さくするために過去7日間の単純平均値を求める「7日間移動平均」を使うことにする。

次に示すグラフは検査数と陽性者数の推移を比較したものだ。比べやすいように検査数は10分の1に縮小してある。厚生労働省が発表しているデータから作成した。

グラフ1 日本のPCR検査数と陽性者数 比較

3回の山の増加局面では検査数も増えているので,ちょっと見には陽性者数が検査数に連動しているかに感じるかもしれないが,よく見ると,PCR検査数が小刻みに変動しているのに比べて新規陽性者数の変化ははるかになだらかであり,検査数に連動していないことがわかる。

仮に陽性者数がPCR検査数の増減に大きく左右されているのだとしたら,陽性率は一定に近いはずだ。しかし,実際のPCR検査における陽性率はかなり変動してきた(グラフ2)。特に2020年4月までは非常に限られた範囲で検査が行われたため,全体に値が高く,かつ変動が激しい。2020年5月以降の2度の山は感染の拡大と縮小を反映している。長期トレンドを算出すると傾きが右肩下がり(負)になっているが,感染者は増減を繰り返しながら長期的には増加傾向にあるのだから,感染率は長期的には右肩上がり(正)になるはずなので,検査陽性率が感染の広がりを反映しているとはいえないことがわかる。検査数が増えると分母が増えるので,数値は低く算出される。見かけ上の陽性率の低下だ。

グラフ2 PCR検査陽性率の推移

陽性率グラフ

PCR検査陽性率pには,母集団内の感染者の割合P,感染が疑われる集団を重点的に検査したことによる偏り(バイアス)bのふたつの成分が関与している。数式で合わすと

p =P + b

私たちが知りたいのは真の感染率Pだが,bが不明だ。そこで,異なる観点からデータを眺めることにしよう。検査陽性率pが一定であると仮定したらどのようなカーブを描くのかを見れば,bの関与を炙り出せるはずだ。

感染の拡大局面では感染者周囲の接触者が重点的に検査されてきた。このため,偏り成分bの関与が無視できない。一方,感染が落ち着いた局面に注目すると,このときに行われた検査は無作為抽出(目を閉じてくじを引くようなもの)に近いと考えられる。この1年間で感染者が減った2020年6月の陽性率が1%前後,2回目の谷が2%前後であるので,高い方の値2%を採用して修正値を計算してみた。グラフ3で示す紫の線は,検査集団における陽性率が2%で固定されていると仮定した時,検査数から導かれる陽性者数だ。実際の数値を示す紅色の線との隔たりが,検査数の増減による見かけの変化を取り除いた真の感染の実態を反映している。

グラフ3 陽性率2%と仮定したときの予想陽性者数と実数

予想陽性者数と実数グラフ

上記のグラフで明らかなように,陽性者数の増減に占める検査数ファクターの役割は僅かであって,陽性者が増えたのは検査対象となった集団に陽性者が占める割合が上がったためだということがわかる。あるところで感染が広がると,陽性者の接触者が検査対象者になり,芋づる式に陽性者が見つかる。だからそうした検査ではどうしても陽性率は上がる。検査を増やしたから陽性者が増えたのではなく,感染者が見つかったから検査が増えたのであった。

一方,検査陽性率が一定であったとしてもなお,2020年6月から感染は確実に右肩上がりに増えていたであろうこともわかる。以上をわかりやすく言えば,陽性者が増えたのは感染が広がったため,という至極常識的な結論が得られる。「陽性者が増えたのは検査数を増やしたことによる数字のトリック」という巷に流れるまことしやかな噂話は,以上の検討結果と反するから,信じないほうがよいだろう。

もしかしたら件の医師は患者を安心させようとして,あるいは自分が安心したくて,あんなことを言ったのかもしれない。しかし,根拠のない安心ほど危険なものはない,と私は思う。地震と原発で懲りたというひとは「あんしん」という心地よい言葉が内に秘める危険性についてよく考えてもらいたい。

因みに上のグラフを読む上で注意してもらいたいのは,示す数値が「新規の」「陽性者」である点だ。感染したら最低でも15日は続くし,症状が重くなれば治療が長期化するので,感染者・患者はどんどん積み上がる。だから病床の逼迫が緩和するのは陽性者数が減ったときよりもずっと後になる。わたしたちは毎日,病院現場の大変な状況を知らされているが,それに慣れてしまい,不感症にならないようにしたいものだ。

また,陽性者の数は感染者の数と同じではない。検査されていない潜在的な感染者を含めて感染者がどれくらいいると推定されるのか。これが実は行政の発表資料をいくら読んでもいまだにわからない。

陽性者数は感染実態の指標になっているのか

PCR検査は精度が高いので,陽性率は主に二つの要因に左右される。ひとつは母集団内での感染の広がり,もうひとつはサンプル集団内での感染の広がり。母集団は例えば東京都の全集団,日本の全集団と思ってもらえばいい。サンプル集団は検査をした集団だ。感染は一様に広がるわけでなく,イメージとしてはまだら模様になる。まだら模様の濃いところをサンプリングすれば陽性率は上がる。

日本では今のところ,PCR検査が行われるのは感染が疑われるケースの確定診断か,あるいは感染が確認された人の関係する集団,医療従事者や高齢者施設関係者などのリスクの高い施設・集団での継続的な検査に限られている(唯一,東京都世田谷区では区長が主導して,区民の感染を把握することを目的にして広くPCR検査を実施)。無作為抽出による検査はまだほとんど行われていない。

そのような状況だから,たとえば一部大手メディアがやるように,行政から発表されるデータを前にして,やれ昨日よりも100増えたといって心配したり,やれ50減ったとかいって安心しても,実はほとんど意味がない。

なぜ戦略的に検査しないのか

検査で感染の実態を掴むことは,潜在的な感染者を見つけ,早期に対策を打つことにもつながる。クラスター対策を打つにしても,だれかが発症してから始めるよりも一歩早く行動できる。ウイルス感染の有無を調べるPCR検査を人口密度の高い集団を狙って実施することは,COVID-19感染の封じ込め対策として戦略的な意味がある。

大規模かつ継続的な検査は新型コロナ感染への不当な偏見をなくすためにも意味がある。COVID-19は現代の鬼だ。ひとは見えないもの,わからない脅威を鬼として恐れる。恐れがあるところに偏見が生まれ,他人を攻撃する。オープンな検査を積極的に進めるには偏見を拭う努力が必要だし,検査を進めればだれもがかかる可能性があることが理解され,他人を攻撃したり罹った自分に引け目を感じることも少なくなるだろう。

行政がなぜ検査を拡大しないのか理解に苦しむ。行政に携わる方々も頑張っているとは思うが,的を外した対策では船が沈没してしまう。

と思っていたら,こんなニュースが入ってきた。政府は「積極的疫学調査」を始めたという。内閣官房のサイトを見ると,「モニタリング検査」についての説明ページが載っている。それによると,緊急事態宣言が解除された地域の繁華街・歓楽街,空港,大学等でモニタリング検査を行うとしている。それは結構なのだが,気になるのは緊急事態宣言中の地域では検査をしないということだ。検査をすると感染が広がるとでも考えているのか。大規模検査をする余力がないわけではないのだから。

東京都の発表によると,東京都の直近のPCR検査数は8000から1万前後で推移している。休日はもっと件数が少ないので1週間平均で見ると7000件程度となる。しかし,都は通常3万7千件/日,最大6万8千件/日の検査能力を確保しているのだ。つまり実際の検査件数は通常検査能力の5分の1程度にとどまっていることになる。しかも、新規感染者が減るとともに検査件数も落ちていった。専門家は直近の都のモニタリング会議で次のようにコメントしている。

「感染を抑え込むために、この検査能力を有効に活用して、濃厚接触者等の積極的疫学調査の充実、陽性率の高い特定の地域や対象における PCR 検査等の受検を推進する必要がある。」「都は、感染の再拡大の端緒を早期に把握できるよう、優先順位をつけながら、定期的なスクリーニングの実施、無症状者も含めた集中的な PCR 検査等を開始する。(下線筆者)」(3月12日東京都のモニタリング会議)

感染を抑え込むには感染の実態を掴まないといけない。感染の広がりを掴むためには何よりも科学的な検討のできるデータが必要なのは当たり前のことではないか。それなのに感染発生から14ヶ月経ってもまだ,特定の環境や感染者周囲の検査から集団全体の感染を推測するばかり。これでは統計の土俵に乗せるデータ収集としてはお粗末というほかなく,なんとも情けない。これがデジタル化を掲げる政府のやることか。

「政府は、緊急事態宣言措置区域であった都道府 県等と連携しつつ、再度の感染拡大の予兆や感染源を早期に探知するため、幅広い PCR 検査等(モニタリング検査)やデータ分析を実施する。」

政府の新型コロナウイルス感染症対策本部がこう決定したのは,緊急事態宣言延長後の2021年3月5日,つまり対策本部設置からほぼ1年後のつい最近のことだ。この検査の内容とデータ解析結果をこそ,「積極的」に知らせてほしいものだ。

【追記】

3月21日,緊急事態宣言がひとまず終わりを告げた。しかし,要治療者はまだ1万3300人以上いて,収束したとはとても言えない状態だ。

ウイルス感染症,中でも新型コロナウイルスのような新興感染症では特に,人の密集した大都市圏ほど防御しにくい。東京都市部を中核とする首都圏こそ,今回の感染爆発の発信地であり,首都東京の感染対策は日本全体の感染を抑える肝でもある。そこで,全感染者の25.8%を占める東京の過去6ヶ月にわたる感染と人間側の防御の動態を振り返ってみたい。

本来,新型コロナ感染症は,感染者は医療施設に入院させる必要があるのが感染症法上の建前だ。それはなぜかというと,新興感染症の病原体は宿主である人間にとって病原性が強いことから,ひとつには感染者を保護すること,もうひとつには無症状感染者による感染拡大の芽を摘むことが感染の制御にとってたいへん重要になるからだ。

医療崩壊は自宅で起きていた

昨年2020年春の第1次感染拡大の際,病床が不足し,東京都を始め自治体は,入院できない軽症患者の療養・無症状感染者の隔離のために病室の代わりとしてホテルの部屋を借り上げるなどの対応を迫られた。しかし5月に入って感染者数が減少すると,都は5月には,約1150人分確保していたホテル客室の契約を大幅に解除し,感染が再拡大した7月半ばには約260人分に激減させていた(毎日新聞ほか報道)。

その結果,7−9月にかけて東京では自宅で療養するほかない人が続出。それどころか,症状から見て入院させるべきなのに入院できない人が激増した。8月9日には「自宅療養」「入院・療養等調整中」合わせて43%と最大となった。

その後,感染者は徐々に減少したが,10月末から反転。感染のピークを迎えた1月20日前後には入院あるいは宿泊療養できた人はわずか18%に過ぎず,残り82%,17000人が医療を受けられなかった。

グラフ4 東京都の療養と重症・死亡

グラフ4 東京都の療養と重症・死亡

そうした変化と重症・死亡の発生件数を重ねたものが上のグラフ4だ。重症患者は入院治療を受けた者で新たに人工呼吸器装着の必要が認められた者の人数を示す(重症の定義は東京都の定義による)。重症・死亡がどのように変化したかに注目してもらいたい。感染者が重症化・死亡に至る数が自宅療養を余儀なくされたり入院できない人の数の増加にみごとに連動している。

オリンピック並み2万人分の臨時病床を確保するべき

これは何を意味しているのだろうか。今回の感染爆発で医療の最前線から「医療崩壊の瀬戸際」「医療崩壊が起き始めた」との訴えを聞いてきた。だからわたしたちは医療崩壊は医療現場で起きていると,思っていたのではないだろうか。現実は,医療崩壊は医療現場だけでなく個々の自宅でも起き,救急車の中でも起きていたことになる。

武漢で感染爆発が起きた時,中国は武漢を封鎖するだけでなく,突貫工事で臨時病床を建設し,他都市から医療従事者を投入して患者の収容・治療にあたった。

当時,臨時病床を建てるなんて秀吉の一夜城じゃあるまいし,などと冷ややかに見ていた自分の不明が恥ずかしい。中国は初動こそ遅れウイルスの拡散を許したものの,あの対処で武漢の感染については収束に導いた。

医療崩壊を招かないためには今すぐに,(1)臨時病床を建設,(2)東京だけで少なくとも1万人分以上のホテル個室を確保,(3)看護師など医療従事者へ給料大幅引き上げ・労働環境改善,(4)それらすべてを実行する保証となる事務要員の体制,の4つを実行する必要がある。東京オリンピックで見込んでいた経費と民間の宿泊キャパシティのすべてをそれに振り向けるべきだ。

参考

厚生労働省 COVID-19オープンデータ

内閣官房 新型コロナウイルス感染対策 対策本部資料

東京都 最新のモニタリング項目の分析・総括コメントについて

Google COVID-19 感染予測(日本版)

佐藤 COVID-19情報共有

資料

グラフ5 東京都の新型コロナ検査件数(PCR検査と抗原検査の合計)
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